林業の課題「山林資産の把握の難しさ」
25年連続で杉素材(丸太)の生産量全国一を達成している林業先進地域、宮崎県。杉の生育に適した気候であり、飫肥(おび)杉に代表される品種の造林が盛んである。主伐に向けて、コツコツと林道を整え、林業の基盤整備をすることで、効率的な伐採をおこなってきた。新しい技術の導入や、林業先進国の視察にも積極的な地域だ。
しかし、他の林業地帯と同じく、悩ましい問題がこの地域にもある。木造建築や住宅の着工数減少の影響を受けて需要が落ち込み、木材の価格が下がっているのだ。海外の安い輸入材もどんどん入ってきている。宮崎県中部にある児湯広域森林組合の長友代表理事組合長は、「かつて山持ちは金持ちと言われていましたが、今は木を切っても儲からないと嘆く山主さんが増えました。自分の山への関心が薄れ、どんな木がどのくらい植えられているのかご存じない方も増えているんです」と話す。
児湯広域森林組合が管轄する地域は、西部は熊本県境に接する山深い村から、東部は日向灘に接する町まで広がっている。山側の山主は森林所有面積が広く、林業を主体とした経営をおこなうことが多い。海側の山主は所有面積がさほど広くなく、農業をはじめとする仕事との兼業で林業に従事していることがほとんどだ。児湯広域森林組合では、山側、海側、それぞれの山主の意向を踏まえ、植付から主伐までの施業の提案をおこない、森林管理を実施している。
山主への提案には、山林資産の情報が記録された森林簿が活用されてきた。ところが、「情報が更新されていない」「木の生育状況を反映しにくい」などの課題がある。「森林簿だけをベースに施業を提案する際には、あえて少し低めの収益見積もりを出さざるを得ません。山で実際に施業をし始めると、想定と異なっているケースもよくあるからです。」と同組合の小野川主任は話す。精度の高い見積もりを出すためには山林資産を細かいところまで把握しなければならない。そうした背景から、同組合が宮崎県と力を合わせ、山林資産をわかりやすく「見える化」するための新しい取り組みをはじめた。
森林状況を把握するためにリモートセンシング技術を活用
宮崎県では5年に1回、森林の状況を把握するために航空写真を取り、適正な森林管理を進めることを目的として森林組合に貸し出している。その写真データは、GIS(地理情報システム)と呼ばれるソフトウェアに取り込むことで、位置情報を把握することができる。航空写真と位置情報が一致すれば、森林の様子がおおよそわかるが、実はそれで十分というわけではない。
「山主さんに『正確か?』と言われても断言することは難しいんです。なぜなら、同じタイミングで植えた木でも、例えば山の尾根筋に立つ木と、谷のすぐそばにある木では生育状況も違います。森に人が入れば細かく把握できますが、それには膨大な時間と費用が必要です」と長友組合長は話す。
そこで今回新たに導入を検討しているのがレーザー計測である。セスナから地上に向けてレーザーを照射し、木の本数や高さ、太さなどを割り出す方法だ。同組合の長友事業部長は、「レーザー計測によって、木の生育状況や材積(木の体積)まで、高い精度で森林の情報を蓄積することができます。また、森と地表の状況を把握できれば、職員が何度も現場を往復する手間を省き、作業期間を短縮できるので、施業のコストパフォーマンスもあがるのです。我々の提案に魅力を感じていただけなかった山主さんにも、林業で収益を得られることをイメージしていただけると思います」と期待する。
レーザー計測にも課題はある。コストがかかるのだ。長友組合長は、「最新技術を用いて、大きくふたつの取り組みをおこないます。ひとつは宮崎県庁から貸与される航空写真を分析・加工して樹高などの情報を含めた3次元の情報を抽出すること。もうひとつは、より詳細な分析と施業が必要な森林に対して、航空レーザー計測を行うことです。こうした複数の技術を駆使し、高い精度を維持しながら、コストを抑えて、地域の山林価値を測ることができます」と説明する。
航空写真の貸与などを通じて森林組合の活動をサポートしている、宮崎県環境森林部森林経営課主幹の川畑さんは「県としても資源量の把握は重要な課題です。今あるものを効果的に使ってコストを下げられれば、児湯広域森林組合だけでなく、県下の別の森林組合まで活用が広がる可能性があります」と期待を寄せる。
地域の林業活性化の先に広がる大きな夢
レーザー計測と航空写真、GISを活用して山林資産を把握するリモートセンシング技術は、現在、実証実験の段階で、本格的な運用はこれからである。小野川主任は「新しいデータが山主さんへの提案に使えるようになれば、実際の山林価値と誤差の少ない見積もりを出せるようになります。おのずと信頼関係が増すはずです」と話す。
長友組合長は、「今回の取り組みをきっかけに、山主さんをはじめとするみなさんに、山への関心を取り戻していただきたい。リモートセンシング技術を使って取得したデータは、直感的に森の状況を把握できる3Dデータに加工できます。『これがあなたの山です』と見せられたら、興味を持っていただけると思うんです」と期待する。
児湯広域森林組合では、年1回、山主さんを招いた座談会を開いている。毎年業務報告や収支報告だけで、目新しい話題がなかったのだが、「来年の座談会では、今回の取り組みの成果などを紹介して、少しでも山にもう一度関心を持ってもらえるようにしたい。何千人と集まる賑やかな場にしていきたいですね」と長友事業部長。
宮崎県は資源循環型の林業を推進しており、その観点からも今回の取り組みは重要だという。「森林資源を循環させていくことは、山主さんが木を植えるという判断をしない限りはじまりません。山に関心がないばかりに、伐採してそのままにしていたのでは、林業は存続できないのです」と川畑主幹は話す。
「林業に関心を持ってほしい」というのは、森林組合職員全員の想い。なぜ「関心を持つこと」が重要なのか。その問いに対して長友組合長は、「日本の国土のほとんどが森です。それを守っていくことは、私たち林業関係者だけじゃとてもできない。国民全員に関心を持ってもらうことが、国土と環境を守ることにつながります。私たちは、そこから林業のみらいの可能性が広がっていくと信じています」と話してくれた。児湯広域森林組合と宮崎県が連携し、リモートセンシング技術を用いて山林資産を「見える化」する今回の取り組みには、地域の林業の活性化だけではなく、日本全国の林業を元気にしたいという強い想いが込められていた。