せっかく獲れた魚が売れない...地域の漁業の厳しい現状
高知県西南地域にある黒潮町(旧土佐佐賀)は、古くから漁業で栄えてきた。かつては男性がカツオの遠洋漁業で家をあけることも多かったため、女性が家を守り、ときには厳しい父親役をすることもあった。これが「高知の漁村の女性は強い」と言われる所以とされている。そんな高知の女性の中でもひときわパワフルなのが、地元の新鮮素材で水産物加工を行う土佐佐賀産直出荷組合の濵町社長だ。起業のきっかけは、勤めていた水産加工会社の倒産だった。3人の小学生の子どもを抱えているのに仕事が見つからず、不安で心がつぶれそうなときに、倒産した会社の取引先から独立を提案されたという。
「「会社をつくるなんて無理ですよ」とお断りしていたのですが、「高知のおいしい食材をつかえばなんとかなる」と説得されて、「そうかも」と思ったんです。家族に相談すると「ダメならやめればいいから、やってみたら」と背中を押してくれました」
それから14年間、同社は地域の水産業者と信頼関係を築き、少しずつ事業を拡大してきた。そのなかで、地域の漁業の苦しい現状も見えてくる。担い手不足や高齢化の問題に加えて、近年は海の水温上昇などの影響で、水揚げ量や獲れる魚の種類も以前と変わってきた。また、同じ種類の魚の量がまとまらないと、輸送費が割高になるため買い手がつかない。反対に、あまりにも豊漁が続くと供給過多で魚価が崩れる。困った漁師が、「何とかならんか?」と濵町社長にこぼすこともあったそうだ。
「最初は「何ともならんよ」と答えていたんです。でも、そういうことが何度もあって、「この人たち、本当に困っているんだ...」と。それで試しに、ぴちぴちで新鮮だけど買い手がないカタクチイワシを、一年間塩漬けにして魚醬にしてみたんです。そうしたら素晴らしくおいしいものができました。これが「何とかならんか?」を何とかした第一号です」
高知県でぶりの豊漁が続いたときは、1㎏の取引価格が数十円まで下がったことがあった。しかし、土佐佐賀産直出荷組合にはそのぶりを「土佐沖天然ぶり漬け丼」にして販売するなど、付加価値をつける技術がある。そのため、濵町社長は同じぶりを数百円で仕入れたそうだ。鈴共同大敷組合の谷組合長は、同社と取引できることに感謝しているという。
「セリに来た商人が産直さんの買値に驚くこともあります。大漁のときもそうでないときも受け皿となってくれる産直さんはありがたい存在です」
もちろん逆に、谷組合長が魚の供給面で濵町社長を助けることもある。「お互いさま」の関係が築かれているのだ。
食卓を預かる母親の視点で、「きびなごフィレ」などの看板商品を生みだす
土佐佐賀産直出荷組合の社員はほとんどが女性であり、普段から食卓を預かる母親も多い。その視点が商品づくりに役立てられている。看板商品は黒潮町名物の天日塩と新鮮なきびなごでつくる「きびなごフィレ(アンチョビ)」。小さなきびなごを3枚におろし、見栄えがよくなるように瓶詰めの際に切り身の頭を揃えるなど、細かな手仕事でつくられている。塩の塩梅や魚の並べ方など、日々ブラッシュアップして、約5年かけて完成させた力作だという。
商品づくりに関しては、濵町社長は折に触れて、「この商品が自分の手元に来たらどう思う?買う?」と、社員に問いかけている。「「舌触りが悪いのできびなごのヒレは取りのぞく」「表面がキレイな切り身を外側から並べる」など、私が「そこまでする?」と思うようなことまで、社員が自分たちで考えてやってくれます。きびなごフィレはみんなで作りあげたものですね」
同社が女性の力を引き出すことができるのは、濵町社長が働く社員の気持ちをよく理解し、働きやすい環境づくりに力を注いているからだ。
「女性は家庭に心配事があると、仕事に身がはいらないんですよ。私も子どもが小さいころ、看病のために仕事を休むことがあったのですが、上司に「そんなに子どものことが心配なら家にいろ!」と言われたことがあったんです。思わず泣きそうになりました。社員には同じような思いをさせたくありません」
同社で海産物の加工をしている竹中さんは、入社するまでにさまざまな職場を経験してきた。だからこそ、同社の働きやすさを実感している。
「家族が病気のときなどに、気兼ねなく休むことができる。小さな子どもがいる社員も多いですから、これが一番大事なところじゃないですかね」
誰かが仕事を休んだら、ほかの社員にしわ寄せがいく。しかし、誰も文句を言わない。自分たちもいつか家族の看病や介護で休む時が来るかもしれないからだ。そこには、「お互いさま」の精神がある。
このように女性の力を引き出す環境と、水産業者との信頼関係を強みとして地域に貢献してきたが、まだまだ課題はある。例えば、冷凍設備の容量が限られており、魚を大量に買うことができない。これがみらい基金に応募した理由の一つだ。
「ウチには大きな冷凍庫がないので、漁師さんが困っているのに、買いたくても買えないことがフラストレーションでした。欲しい魚が大量にあっても満足に買えないのは、水産加工業にとって致命的です」
助成金で冷凍設備を新設し、加工設備を増強することで、海産物の仕入量と商品の生産量を増やす見込みだ。
黒潮町の水産業を盛り上げて、賑やかな漁村の風景を取り戻したい
商品の生産量増加を見込んで、従来のB to Bだけではなく、B to Cの強化にも取り組んでいる。ただし、同社にはECの知識や経験がある社員がいないため、ECサイト運営のコンサルタントの招へいや、人材育成の準備が進められているところだ。さらに、漁師や料理が得意な女性、ITに詳しいコンサルタントや大学生などを集めて商品開発を進める「土佐黒潮フィッシュガール LABO」も開設される。
「土佐黒潮フィッシュガールLABOは研修施設のようなものです。漁師さんの「何とかならんか」を解決するアイディアを考えたり、漁師の奥さんや大学生の知恵をもらったりしながら、商品開発をする場所にしたいんですよ。色々な面で可能性が広がっているので、みらい基金に採択されたことが、大きな転機になると思っています」
これから取り組みが大きくなっても、会社の根底にある想いは変わらない。濵町社長は勤めていた水産加工会社が倒産する以前にも、家族を取り巻く環境が変化し、苦労した時期があるという。そのとき、町ぐるみで助けられたことを感謝しており、事業を通じてその恩返しをしているのだ。
「自分が救われた経験があるから、困っている人を放っておくことができないんです。取引先にも、社員にもいろいろな人がいますけれど、誰だっていいところがあるから、いいところだけを見て、その人のために自分ができることをしたいと思っています。これが私の活動の原動力です」
困ったときは「お互いさま」の精神で手を取り合い、みんなで知恵を出し合いながら問題を解決していく。それがきっと黒潮町の水産業の元気の源になる。
「私が子どものころ、母は漁師さんとすれ違うときに、「なんぼ釣れた?」と声をかけていたんです。すると漁師さんが「たくさん釣れたで!」と答えてくれる。それを受けて母が「ええことよ!」と漁師さんと一緒に喜んでいたんです。昔は町全体にそんな声があふれていました。あの光景がもう一度見られるようになるといいですね」
そんな元気な漁村の姿を思い浮かべながら、濵町社長は今日も誰かの「何とかならんか?」と真剣に向き合っている。