培われてきた野草の価値を今の時代にあったスタイルで発信
九州の北東部に位置する大分県・国東半島。降雨量が少なく、地形的にも河川が短いこの地域では、多くのため池をつくり、クヌギ林でつなぐことで農業用水を確保する独自の農林水産循環システムが継承されてきた。この歴史ある農耕文化や美しい田園風景は、2013年に世界農業遺産に認定されている。
そんな先人たちの知恵に培われた大分県の杵築(きつき)市山香(やまが)町で、無農薬・無化学肥料で国産野草を栽培・加工し、ハーブティーをはじめとした高品質な商品を生み出している団体がある。それが一般社団法人 野草の里やまうらだ。
野草の里やまうらは、杵築市山香町の山浦地区の住人全員が会員である山浦地域活性化協議会を前身に設立された。かつての山浦地区は、人口減少や高齢化、耕作放棄地の増加、雇用や住民同士の集まりの場の不足など、さまざまな課題を抱えていた。
設立当時の想いを、代表理事の阿部さんはこう振り返る。
「この地域には良質な野草がたくさんあります。そのうちどれが食べられるかなどは、80〜90代の方にはわかるんですね。そういう地元で伝えられてきた知識を我々も継承していきたいと思っていました。
また地域を盛り上げるためにも、Uターンしてくれた人や地区外の人たち、民間団体などが協力できる場をつくりたいとも考えていました。そこで、廃校となった小学校を活用してカフェやよもぎ蒸しの場を作ろうという話になり、むしろやらなければならないという声も多くあって、みらい基金に申請しようということになったのです」
こうして、里地里山資源である野草を活用した、山浦地区ならではの地域ビジネスへの挑戦が始まった。
成分分析を取り入れ、野草の効能がわかりやすい商品群を展開
廃校となっていた小学校には、みらい基金の助成金により、喫茶室であるカフェとよもぎ蒸し体験室が整備された。野草の里やまうら事務局の青木さんは、この施設について次のように説明する。
「ここは地域の人たちが集まる場所であり、外から来たお客様とも楽しく交流できる、新しい出会いの場所になっています。
カフェは、自分で茶葉を急須に入れて香りや味を体験できるスタイルにしました。山浦地区で採れた野草や山菜を使った、体に優しいランチメニューも提供する予定です。よもぎ蒸しは30代の若いスタッフが担当しています。地区外の人や若い人を受け入れるための、良い場所ができたと感じています」
また、野草の魅力をより多くの人に伝えるため、専門家にも協力を依頼している。
「新商品の開発では、専門家に野草の成分分析などを依頼しています。従来の野草茶は、そのままストレートティーとして販売していましたが、どのような効果があるのかは、成分分析や表示のルールをクリアしないと記載できませんでした。それでは野草茶はなかなか広まらない。そこで、どんな栄養成分がどれくらい含まれているか、どのような人に適しているかといった表示を行うことにしました」と、青木さんは新商品の展開について語る。
山浦地区の野草には、実際どのような成分が含まれているのか。分析を担当したフーズテクニカルサービスの弘蔵さんは、次のように評価する。
「ポリフェノールなどは想定以上に多い印象です。水分換算でも、赤ワインよりも多い数値が検出されました。これで昔からの言い伝えを根拠をもって説明できることになります。
山浦地区の天候や環境が、多くの種類の野草を育むのに適しているのだと思います。住民の皆さんが里山づくりを行い、土壌などもきちんと管理してきたため、安全面でも安心できると思います」
日本の原風景である循環型の暮らしを、次世代にどう伝えるか
栄養豊かな多様な野草が育つ山浦地区の里地里山。この自然の恵みにあふれた土地は、地元の人々の献身はもちろん、地域社会づくりの専門家の知見にも支えられてきた。
森里川海なりわい研究所の共同代表である竹田さんは、野草の里やまうらが手がける地域づくりのビジョンを定める段階から活動に関わってきた。
竹田さんは、野草の里やまうらの取り組みの核心について、次のように語る。
「世界農業遺産に認定されたこの地域。その本質には、"懐かしい未来に出会える場所"という理念が見えてきます。つまり、人が自然と関わってきた生活、日本人の原風景といった循環型の暮らし。これを次世代にどう伝えていくかという挑戦こそが、野草の里やまうらの事業の本質だと思います」
「ここでは、野草を使ったお茶を楽しんだり、よもぎ蒸しを体験したりと、さまざまなことができます。訪れたお客さんが、"懐かしい未来に出会える場所"ってどういうことだろう?と思えば、小学校で説明できる。自然観察ガイドの仕組みも整っている。さらに、山浦地区に住む全員がスタッフとして関わっている。こうした環境すべてを全国の人たちに知ってもらいたいと思います」と竹田さんは活動の意義を伝える。
地元ならではの魅力ある雇用の場を次世代につなぐために
廃校となった里山の小学校が、地域活性化の新たなシンボルとなった山浦地区。野草という独自の資源を活かした地域の未来について、野草の里やまうら事務局の青木さんは次のように思い描く。
「まずは、成分表示をリニューアルした商品をつくります。これにより販路の拡大などの仕組みが確立できれば、さらに雇用を増やすことができます。現在、働き盛りの世代が引退後にここで暮らそうと考えたときに、その人たちが働ける場所をしっかりつくりたいと思っています。自分たちの代でその基盤を築き、次の世代に受け渡す。そうしたことを目指して、日々取り組んでいます」
世界農業遺産の里に芽吹く自然の恵みが"野草の里"のコミュニティビジネスとなり、地域と住民の健康を支えていく。

