地域と農業の活性化を目指したネットワーク

世羅高原6次産業ネットワーク(以下「ネットワーク」)設立の経緯をネットワーク事務局長の宮川哲二さんはこう話す。
「世羅は農業が盛んな地域ですが、一方で後継者不足による農業経営の不安定、直売所での商品不足、加工品の売り場不足や観光農園等に訪れる客数の減少といった課題も多くありました。これらの課題を解決するためには、行政や町を越えて農家同士が連携し、農産品や加工品の販売機会を増やすと同時に、町の外の人も呼び込むことで世羅高原全体での農家の所得向上、地域の活性化に取り組む必要があると考え、6次産業ネットワークを設立するに至りました」
ネットワークを設立し、最初に手がけたのは、地域の農業者が協力しながら広島市内の県産品アンテナショップで農産物や加工品を販売する『世羅高原フェア』だった。特に人気だったのが、農家が日替わりで店頭に立った対面販売だ。消費者と農家が直接対話し、顔を見ながら販売したことで、消費者のニーズを把握し、売上を伸ばすと同時に世羅町のファンづくりにつながっていった。
これを機に広島市だけでなく、尾道市のアンテナショップなどにも招かれるようになった。フェアを定期的に開催したことで、さらに世羅町のファンが増え、世羅町に足を運んでくれる人が増えたという。春の"フラワー王国せら高原夢まつり"、秋の "フルーツ王国せら高原夢まつり"など、町の外から訪れる人に向け、イベントや観光農園などの企画も積極的に打ち出すようになった。世羅高原全体をより楽しんでもらおうと、ロードマップの作成や、統一した案内板を各所に置くなどして一体的な広報活動も行った。
このようにそれまで個々で活動していた農家や地域が垣根を越えてひとつになり、地域産品フェアやイベントの共同PR、また販売拠点の整備などを行うことで、現在では、県内はもとより県外からも、何度も世羅町を訪れるリピーターを獲得し、世羅町全体の活性化を実現している。ネットワークを作ったことによって生まれた利点を宮川さんが語ってくれた。
「これまで交流のなかった農家や法人がつながったことで、自分の利益だけを考えるのではなく、力を合わせて町全体を盛り上げようと協力し合う動きが見られるようになりました。たとえば、農家同士が町内にある産直市場・観光農園、体験工房などを互いに紹介し合うことで、世羅町に足を運んでくれた人が1箇所だけではなく、複数の店や施設に立ち寄ることができるようになり、町全体の満足度が上がる相乗効果が生まれています。町を周遊しながら、食べて、観て、体験する、そういった楽しみ方を消費者の方に提供できるようになりました」
農業を基軸として構築された世羅町のブランド

様々なイベントや企画を通じ、確実に世羅町のファンが増えていった。世羅町といえば"6次産業が盛んなまち "、"フラワーとフルーツのまち"として県内外に世羅町のブランドが伝わった。
こうした世羅町のブランド化には、ネットワークのオリジナル商品も貢献している。世羅特産の梨を使い、駅伝で有名な地元の世羅高校陸上部と共同開発した"世羅っとした梨ランニングウォーター"だ。「走った後にごくごく飲めるタイプのドリンクにして欲しい」との生徒たちの要望を踏まえ、試行錯誤しながら開発したこの商品は発売から約1年で10万本を売り上げるほどの人気商品となった。このようなブランド商品は多くの人々に世羅町をPRする名物商品となっており、これに続くブランド商品開発にもみらい基金の助成金を活用していく予定だ。
また、世羅町は農家民宿や農業体験を通して、農業ファンを増やしていく「グリーンツーリズム」に全国に先駆けて取り組んだパイオニアとして「グリーンツーリズム大賞」を受賞していることでも知られている。これらの農業を軸とした着実な取組みや情報発信により「世羅町」のブランド化にも取り組んでいる。
6次産業で地域と農業のみらいを切り開く

こういった取り組みに惹かれ、ネットワークへ加盟する団体も増え、会員数は設立当初の32団体から、現在は72団体にまで拡大した。最近では就農を希望し、移住してくる若い世代も増えて新たな交流も生まれている。
これからも、グリーンツーリズムをさらに活性化させることで、世羅町と農業のファンを増やしていく。そのためにみらい基金からの助成金を活用しながら、農家民宿の数を20軒に増やすことを目指し、民宿で使用する古民家の改修や、民宿を営む農家の研修などに取り組む予定だ。
また、今回の助成金を使って新しい食品加工場を建設し、会員農家に開放する計画もある。新たな特産品作りに取り組んでもらうことで、農産品の消費拡大と今まで以上に魅力ある地域づくりに生かしていく。ますますネットワークが拡大する中、互いに連携を取って活動を継続できている理由を宮川さんはこう話す。
「ネットワークの設立以来、元気な女性たちが柔軟な対応で利害関係の異なる農家や法人の壁を取り払い、引っ張ってきてくれました。そういった存在がいなかったら、ここまで続けること自体が難しかったと思います。そして、今、若い世代も育っています。今後も柔軟性を失わず新しいことに挑戦しながら、世羅町をもっと元気にしていきたいですね」
過疎化や高齢化、後継者不足といった日本の農業が抱える課題。しかし、6次産業を中心に農業と町がひとつになることで、農業経営の安定化だけでなく、地域全体の活性化という大きな効果を生み出している。そうした活動は、農業のファンを増やし、若い世代を呼び込むことにも成功している。地域の実際の生活の中に、定着し始めているこのような取り組みには、地域と農業を再生させるための様々なヒントが詰まっている。