新しい仕組みをつくることで、農業を志す若者を積極的に受け入れていく
地方には現在、過疎化などによって耕作放棄地といった未利用農地が急速に増加している。この状況をふまえ、未利用の土地を牛の放牧地として活用し、最新の技術知見によって新たな畜産ビジネスの形成に取り組んでいるのが、株式会社さかうえだ。
代表取締役の坂上隆さんは、この試みが始まった経緯をこう語る。
「私たちは鹿児島県の志布志市で、露地野菜や施設野菜の栽培、黒毛和牛の生産と肉の販売を行っています。昨今、農地を借りてほしいという依頼が多くなりました。でもそこは耕作するには不便な場所だったりするのです。ならばと、牛の放牧地として活用することを考えました。そしてこの場所で育った牛を『里山牛』と呼び、広く知ってもらえるようにしたのです」
さらに、農業に興味がある若者を積極的に受け入れるため、『アグリバレー』という構想も掲げた。
「ITのシリコンバレーのように、農業に想いのある人たちが集まる仕組みができればと思ったのです。農業がしたくても、土地を持ってなかったり、経験がなかったりするとなかなか踏み込めない。そこで新しい仕組みをつくることで、参入障壁を下げて若い人が入りやすいようにする。それがアグリバレー構想の狙いです」と坂上さんは説明する。
最新のIoTを活用し、牛の管理をリモートで行う仕組みを構築する
このプロジェクトは地元の鹿児島大学も参画し、産学連携によって進められている。鹿児島大学農学部教授の後藤貴文さんは、この取り組みについてこう語る。
「畜産は生き物を飼うわけで、いったん始めると一年中そこから離れられない。若者が積極的に就いてくれる職業ではないのです。そこで、IoTを活用した農業モデルの構築を進めています」
具体的な施策のひとつが、餌やりを遠隔で行う仕組みづくりだ。まず音が鳴ると餌がもらえることを牛に学習させ、給餌場にスピーカーを置く。さらに一頭ずつ均等に餌を与えるため、スタンチョンという牛の首を固定する機器を設置する。そしてWEBカメラ、サウンドシステム、自動給餌機、ロック機構付きスタンチョンをIoTで連動させ、リモートで運用できるようにするのだ。
「こういう仕組みをつくることで、現地にいなくてもスマートフォンで管理できるようになります。将来的には、きつい・汚い・危険・稼げないというような4K要素を解消し、若い人にも魅力的な職業と思えるようにしたいと考えています」と後藤さんは話す。
未経験で農業の世界へ、スマート農業は若い人こそ柔軟に対応できる
こせど農園の代表の小瀬戸太一さんは、このアグリバレー構想のもと、株式会社さかうえに入社し、独立した若手の一人だ。
「自分は、家庭菜園もほとんどしたことのない農業未経験者でした。さかうえに入ってよかったのは、ピーマン栽培やハウス栽培といった部門別に損益計画書をつくり、予定と実績を組みながら進めるというやり方をしていたこと。基本的な経営意識が自然に身についたと思います。独立したとき、5年、10年の計画を立てるのにすごく役に立ちました」
「今はピーマンをつくっていて、知り合いのところにも届けたりしています。楽しみにしている人もいるので、そういうのはうれしいです。今後は農業をやってみたいという若い人を入れたいですね。若い人のほうがスマート農業に対して柔軟だし、やっていて活気が出るし、自分も勉強になると思うんです」と、小瀬戸さんは将来に思いをはせる。
こうやったらできるんだ、ということを見える成功事例のひとつに
アグリバレー構想のこれからを、株式会社さかうえ 代表取締役の坂上さんはこう話す。
「私たちは牛の放牧だけでなく、精肉から販売までトータルに行う畜産ビジネスを目指しています。実現するまでにはかなり時間がかかると自覚していましたが、みらい基金さんの『将来性のある事業を早く世に出す』という考え方で力をもらうことができました。今は就農人口が減っている状態なので、とにかく農業がしたいという想いのある人が参入しやすくすること。それが非常に大事だと思います。その支援をアグリバレーでできたらいいなと考えています」
さらに坂上さんは、日本全国の地方活性化にもこの取り組みは貢献できると考えている。
「こうやったらできるんだ、ということが見えると、他の人もやれると思うんです。まずは私たちが、こうやったらできるという成功事例のひとつになる。これが第一段階だと思います。次にそれが広がっていけば、地方はもっと元気になるはずです」
鹿児島の小さな山間の町で生まれた、アグリバレー構想。農業の仕組みを新しくしていく仕組みが、この国の地方の未来を変えていくかもしれない。