主食用米の需要は減る一方...それでも大津町が水田を守る理由
豊臣秀吉の有力家臣、加藤清正が熊本の地に入ったのは1588年のこと。戦乱や河川の氾濫によって荒廃した領地を治水・土木事業で立て直した。その当時、阿蘇方面から引いた用水路は、400年以上経った今も利用されている。
白川が町を東西に貫流し、水資源が豊富な熊本県菊池郡大津町地域では水稲栽培が盛んとなった。大昔の大噴火の影響で火砕流の成分が多く含まれた地質のため、水田の地下水かん養機能が高い。水田から染みこんだ水が地層にろ過され、熊本都市圏を潤す地下水の一部になっていると考えられている。それゆえこの地域は、熊本都市圏の「水がめ」と呼ばれることもあるそうだ。
しかしながら、主食用米の年間消費量は1962年のピークから約半分に減っている。水田をやめて大豆などの畑作へ移行する農家も増えた。ネットワーク大津株式会社の齊藤社長は、このことに大きな危機感を抱いている。
「水稲栽培をやめることで、地下水を汚染したり、涸渇させたりしたら一大事です。とはいえ、主食用米の需要が下がっていますので、水稲から大豆などへの転作も増えており、どうしたものかと考えていました」
地域の農業課題はほかにもある。大津町周辺地域は西日本有数の畜産地帯だが、飼料にかかるコストの負担が年々大きくなり、農家数は減少傾向にある。菊池市で約400頭の黒毛和牛を飼育している瀧内ファームの瀧内社長も、輸入飼料の高騰が悩みの種だと話す。
「中国の旺盛な需要などの影響があり、世界的に小麦やトウモロコシが足りない状況です。その影響で輸入飼料も高くなっています。ここ数年は高値が続いて、どこの畜産農家も苦労していますね」
日本では欧米のように大規模な圃場でトウモロコシや小麦を生産するのが難しく、飼料用の原料を輸入に頼らざるをえない部分がある。地域の課題である水田の維持と、飼料価格の高騰。ネットワーク大津はこの二つの問題を解決するために、家畜用の飼料用米をつくる取り組みをスタートした。
主食用米から飼料用米への移行を推進し、地産地消型の混合飼料をつくる
飼料用米の栽培方法は主食用米とほぼ同じである。収穫された飼料用米は、籾の部分を粉砕し、発酵させることによって牛の嗜好性を高めたSGS(Soft Grain Silage)と呼ばれる飼料になる。籾を含め茎の部分もすべて裁断し、発酵させるイネWCS(Whole Crop Silage)という飼料をつくる種類もある。
SGSとイネWCSは、ほかの材料と混ぜられて混合飼料(TMR/Total Mixed Ration)となり牛に与えられる。材料の配合の割合は、熊本県の畜産研究所と共同研究を行い、牛の生育状況に合わせた最適な栄養バランスのレシピが採用されている。
ネットワーク大津は飼料用米の作付面積を拡大し、水田の維持管理と、飼料の安定供給を目指す。さらに、自ら混合飼料の生産を行うことによって、耕畜連携を進めていく考えだ。ネットワーク大津の益田さんは、混合飼料の生産はできるだけ地産地消で進めていきたいと話す。
「飼料用米はもちろん、ほかの材料もできるだけ県産のものを使っています。たとえば、原料の一つに焼酎粕があるのですが、これは人吉市の蔵元から出た焼酎粕を発酵させて、混合飼料に混ぜて使っています」
このほか、大豆油粕や豆腐粕などの食品残渣を有効活用し、低コストで生産することによって、畜産農家のコスト負担を減らす工夫をしている。瀧内社長は、ネットワーク大津の取り組みは、地域の畜産業を守ることにつながると話す。
「畜産農家はどこも人手不足で、牛の飼育だけで精一杯なんです。今は私のところで餌を作っていますが、ネットワーク大津さんが混合飼料を生産してくれるのはとてもありがたい。家族経営で一人欠けたら立ち行かない農家さんも多いので、飼料の心配がなくなると大変助かりますね」
ただし、大量に混合飼料をつくるとなると大がかりな設備が必要となる。飼料用米の量も現在生産しているものだけでは足りない。飼料用米の増産と栽培方法の改良を目的としてネットワーク大津も作付けするため、収穫用の設備も新たに必要となる。これらをネットワーク大津が単体でおこなうには費用負担があまりに大きい。みらい基金に応募したのはそのためだった。みらい基金の助成金は、混合飼料の製造を行うプラントの建設や、飼料用米の収穫機械の購入などに活用される予定だ。
耕畜連携のサイクルをまわし、地域の農業文化と水の恵みを未来へつなぐ
混合飼料の施設は2019年の春から稼働を始める。国産の原料が主力の混合飼料が増産されることで、菊池郡および菊池市の肉牛のブランド力がより高まると瀧内社長は期待している。
「牛が地元の材料で作られた飼料を食べているとわかれば、消費者も安心してくれるでしょう。肉牛のブランド力強化にもつながると思います。現在は、ネットワーク大津さんや県の畜産課と協力して、私のところの設備で混合飼料をつくっていますが、近隣の畜産農家さんの関心がとても高いです。よく見学に来られています」
生産設備が完成し、混合飼料の増産ができるようになると、飼料のコストが下がり、手間も減るため、多頭飼育がしやすくなる。畜産農家から出るたい肥を水田や畑で使うことによって、化学肥料を減らすこともできる。ネットワーク大津の齊藤社長は、地域の未来のために、耕畜連携を強めていきたいと話す。
「将来的には、飼料用米の作付面積を100haくらいまで広げて、農家に還元するとともに、混合飼料の自給率を高めていきたいですね」
水田の面積が広がれば、それだけ地下水かん養の効果も大きくなる。生活用水を地下水で賄っている熊本都市圏の暮らしを支えることにも通じるのだ。ネットワーク大津の益田さんは、各方面に利益をもたらす耕畜連携に対する周囲の期待を感じているという。
「農家が飼料用米を生産するだけでなく、混合飼料の製造まで行うというのは、恐らく初めてではないかと思います。新しい挑戦的な事業を任されている身ですので、その責任をしっかりと受けとめながら、一生懸命取り組んでいきたいと思います」
安土桃山時代から続く農地を保全し、熊本都市圏を支える豊かな水資源を守る...地域の農業活性の枠組みにとどまることのない、スケールの大きな耕畜連携の新しい歴史が、これから始まろうとしている。