独自のプロジェクトが生んだ自動給水機の社会実装と普及に挑む

後継者不足や新規就農者の減少による労働力不足をはじめ、さまざまな問題を抱えている農業。この状況に対し、日本全国の「農業の匠」の知恵を集結、融合することで、農家主導・農家目線の次世代農業技術を開発しようというプロジェクトが立ち上がった。それが、2014年から始動した「農匠ナビ1000プロジェクト」だ。

茨城県の稲作農家である有限会社横田農場の横田さんは、当初からプロジェクトに参加してきたメンバーの一人。当時、水管理に年間1,000時間以上も費やす状態にあり、頭を悩ませていた。もちろん省力化はしたいが、水管理をおろそかにして品質は落としたくない。その想いからプロジェクトに参画して、仲間の稲作農家とともに自動給水機の開発を始めた。

現在は農匠ナビ株式会社の代表取締役社長を務める横田さんはこう語る。
「農業者が集まって、こういう課題を解決したい、こうすればコストが下がるのでは、という議論を交わしながら進めてきたのが農匠ナビ1000プロジェクトです。今回の自動給水機もその研究が生んだ成果のひとつなんです。開発を重ねてきたものが、社会実装し、農家に普及させるという段階にきたので、中核となる組織として農匠ナビ株式会社を2016年に設立したのです」
さまざまな水田に対応できる自動給水機で水管理の手間を省力化

稲作にかかる総作業時間の約3割を占めるといわれる水管理。稲作全体の効率化を図るためにも、水管理の省力化は以前から着目されてきた。しかし日本の水田面積の約7割となる開水路水田の場合、標準化されたパイプライン水田とは異なり、地域や圃場の状況によって用水路の形状や給水方法が極めて多様なことから、それぞれに対応できる給水機器や活用のノウハウが全国的に共有されてこなかった。そのため広い地域で活用できる給水機器の開発が進まず、開発されても製造ロットが少なく高コストな機器にならざるを得なかったのだ。この流れを変えるために生まれたのが、農匠ナビ1000プロジェクトを通して農家自らが考案・開発した「農匠自動給水機」というわけだ。

滋賀県で稲作農業法人の有限会社フクハラファームを経営し、農匠ナビ株式会社の代表取締役会長である福原さんは、自動給水機の普及についてこのように話す。
「水管理というものは、結構手間がかかるんです。我々はよいものをたくさん収穫したい。そのために手間を省力化したい。そういう想いがあります。だからこそ、この自動給水機でその時期に合った水管理をしてもらって、収穫量の増加に繋げていただく。そんなことを思いながら普及に努めていきたいと考えています」
全国の農家のノウハウを集めた農業技術のプラットフォームを構築

今回のプロジェクトでは、自動給水機の現地実証を通して製品改良を進めるのと同時に、自動給水機を使って全国の農家ではどのように水管理を行なっているか、そのノウハウを収集し、体系化・可視化・共有化する「農匠技術開発プラットフォーム」の構築も目指している。具体的には、多くの農家が手軽に使えるSNSツールを活用し、自動給水機の使用状況などの画像や動画を投稿してもらうことで、水管理のノウハウを集積。これらを体系的に整理して映像化することで教材ビデオなどのコンテンツを作成し、全国的にノウハウの共有化を図ろうというものだ。機器の改良により汎用化・低価格化が進めば、自動給水機自体も手に入りやすくなり、ノウハウの共有化と相まって、加速度的に普及していくことを期待している。

農匠ナビ株式会社でテクニカルアドバイザーを務める田中さんは、今回のプロジェクトの手応えについてこのように語る。
「自動給水機については研修会を通じて、全国のモニターさんと使い勝手や設置のしやすさなどの情報交換をしています。またSNSツールでも、こんなふうに設置しましたとか、このへんを工夫したいですとか、いろんな意見をいただいています。現在はさらにいろんな現地の写真を集約し、検索しやすく情報提供できるように整備を進めているところです」
農業のイノベーションは自分たちで起こすという想いが未来を変える

全国の農家を繋げ、日本全体の農業技術の向上を目指す、本プロジェクト。農匠ナビ株式会社の横田さんは、プロジェクトの未来についてこう考える。
「僕が農業を始めたのは20年前ですけど、その延長線上で今も農業をやっているかというと、それは違うと思います。農業の規模も、年間の天気も、当時とは変わってきているので、技術的には全然違うことをやってますよね。これからの変化に合わせた米作りをやっていくには、かなりダイナミックにいろんなことを変えないかなくてはならないと思います。場合によっては、今は日本国内の農業者の知恵を集めていますが、それだけだともう足りないかもしれない。今後は海外の農業者とも連携してやっていく必要があるのではないかと思っています」

農業のイノベーションは自分たちの手で起こす。日本中、さらに世界中の農業者と繋がることで、農業の未来を大きく変える画期的な技術が誕生するかもしれない。農家が本当に必要とする農業技術を、農家主導・農家目線で開発する独自のプラットフォームの構築を目指し、これからも農匠ナビの挑戦は続いていく。