被災地いわきでコットンの有機栽培をはじめたわけ
福島県浜通りの南端に位置するいわき市。親潮と黒潮が交わる豊かな海に面し、平野には田園風景、内陸側には阿武隈山地が広がる風光明媚な場所だ。しかし、東日本大震災を境に、地域の農業を取り巻く環境は一変した。原発事故による風評被害と、津波による塩害の影響である。

「震災後、お米や野菜など、口に入れる作物は売れないからと、多くの農家さんが耕作をやめてしまわれました。困っている農家さんたちを少しでも助けたいと考えてはじめたのがオーガニックコットンの栽培。塩害に強い作物ですし、栽培から製品化・販売まで手掛けることで、この地域から新しい農業のみらいをつくっていけるのではないかと考えました」と、いわきおてんとSUN企業組合の代表理事を務める吉田さんは「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」のはじまりについて話す。

いわきおてんとSUN企業組合は、地域で別々に活動していたNPOの代表たちが、「震災前のあり方とは違うみらいを創り出す」という理念のもとに集まって生まれた。
2015年からスタッフとして勤めている松本さんは、会社勤めをやめて農業に携わるために、日本農業経営大学校で学んだ経験を持つ。就農先を探しているときに吉田代表と出会い、その活動に興味を持った。
「コットン畑が農業体験の場となり、そこから広がる人と人との繋がりに興味を持ちました。江戸時代、綿は農業の基幹作物だったそうです。資料を集めて調べれば調べるほど、日本の綿文化の厚みを感じます。栽培は難しいけれど、新しい発見が多くて面白いんです」と松本さんは話す。

栽培しているのは在来種の茶色い「和綿」。綿は白いほうが染めやすいが、この地域で育てて収穫した印を残すために、あえて茶色の和綿を選んだ。化学肥料や農薬、殺虫剤などは使わずに育てる。製品の製造過程でも人工化合物は使用しない。環境負荷に配慮した循環型の社会を目指す想いから、安心・安全に徹底的にこだわっているのだ。
「オーガニックコットンを用いた『ふくしま潮目-SIOME-』という製品ブランドもつくりました。名前の由来は、寒流と暖流の交わる海という意味の潮目。多種多様な方々がこの場所に集うことによって交わるという意味の潮目。そして、今を時代の潮目とし、社会のあり方を変えたいという想いが込められています」と吉田代表。その想いは、持続可能な社会を目指す企業や団体にも届き、「いわきおてんとSUN企業組合の和綿で製品をつくりたい」という要望が増えている。

消費者の声を届けて農家を勇気づけたい
オーガニックコットンの栽培・収穫体験は、福島の現状やみらいに向けた取り組みを紹介する「スタディツアー」のコンテンツのひとつになっている。ここでの消費者との交流が、農家を勇気づけている。
「震災後、福島の農産物が買い叩かれた時期がありました。今もその影響は残っています。農家さんが自信を深めていくためには、農業体験者さんの「こちらの農作物のファンになりました」「体験を通じて農業の楽しさを知りました」という言葉を、農家さんにダイレクトに届けることが大事なんです。そういう意味で、オーガニックコットンをきっかけに、農家と消費者が繋がることの意味はすごく大きいと思います」と吉田代表。
いわき市内で有機栽培の米や野菜を生産している「あじま農園」の安島さんは、『ふくしまオーガニックコットンプロジェクト』に参加し、綿花を栽培しつつ収穫体験者を受け入れている。「この地域は、震災後に急速に休耕地が増えてしまいました。農地は整備し続けないとすぐに荒れてしまい、周りの農家にも迷惑をかけてしまいます。そんななか、有機栽培で綿花の栽培をはじめたことで農地環境の維持ができ、都会から人が来てくれて、農業を知ってもらう機会ができました。これからも、より多くの消費者のみなさんに、私たちの農業にかける想いや、いわきの農業を伝えたいです」と安島さんは話す。

有意義な農業体験にも課題はある。もともとオーガニックコットンの栽培・収穫体験はボランティアの力を借りておこなってきた。しかし、取り組みを継続していくためには体験内容やこの地域の魅力そのもので人を惹きつけていくことが必要だ。
そこで松本さんは、古民家再生プロジェクトなど、地域資源を活かす活動をしている団体と協力しながら、地域の魅力を発信していくツアーを企画している。オーガニックコットンの農業体験を軸に据えながら、衣食住に関わる取り組みや、いわきの持つ観光資源をうまく絡めていく。そして、いわきの自然の恵みを享受でき、農業体験や自然エネルギー、地域の現状を学ぶ機会を増やすなど、この地域を訪れる意義を付加していくことで、当地に継続的に人を呼び込む仕組みづくりをしている。

さらに松本さんは今、全国各地に出向き、グリーンツーリズムの成功例を視察するなど、事業として続けていくためのヒントを集めている。「企業や学校の枠組みをこえて、個人で参加してくれる方が増えてきたので、何度でも参加したいと思っていただけるイベントを仕掛けていきたいです」と次の展開を考えている。
「希望のタネ」をいわきから全国に飛ばしていきたい
地域の農家やNPO、いわきおてんとSUN企業組合が力を合わせて取り組みを続けていくなかで、新たにみらい基金の後押しも加わった。地域の農業を活気づけ、いわきの新しい魅力を発信する取り組みが、これから本格的にスタートする。

「人が来て、体験して、それで終わるのではなく、お帰りになった先で、『おてんとSUN企業組合であんな取り組みができるんだから、自分たちも地域の課題と向き合って新しいことをはじめよう』と思ってくださる人を増やしたい。そんな、『希望のタネ』を飛ばす場所になりたいんです」と吉田さん。農業体験者はコットンのタネを持ち帰り、自宅などで育てて、「こんなに育ちましたよ」と報告してくれることがある。それと同じように、「希望のタネ」を持って帰って、その地で芽吹かせてほしい、というのが願いだ。

希望のタネを飛ばす場所の下地をつくるのは松本さんの役目である。「自分たちの取り組みを、きちんとサービス業として、事業化していきたいと思っています。プロとしてのプライドを持って、農村体験や地域の魅力、人々の暮らしを発信し、事業化されている方々は日本中にいる。私たちも地域の人々と一緒になって、そこを目指していきたいです」と松本さん。
農家の安島さんはコットン畑の先に広がる地域のみらいを見つめている。「この地域の農業を、できるだけいいかたちで、次の世代に引き継いでいきたい。どうしたらうまく引き継ぐことができるのか考えたとき、新たな作物への挑戦が欠かせません。オーガニックコットンの栽培が、地域の農業を子孫に受け継いでいくための、ひとつの糸口になればいいと思っています」と安島さん。

江戸時代から栽培の記録が残っており、大切に栽培され続けてきたのに、いつの間にか忘れられてしまっていた茶綿。それが今なお震災の余波が残るいわきで芽吹き、綿花が弾け、やさしく、あたたかい綿を育んでいる。有機栽培で大切に育てられた茶綿は、農業体験の機会をつくり、繊維製品へ変わるだけではない。福島のいわきから全国へ希望のタネを飛ばし、新しい時代の潮目をつくるためのものなのだ。