牧草地の管理は、石垣島における牧場経営の根幹にある問題
石垣島は「石垣牛」で知られる和牛の産地である。古くから素牛(もとうし)の生産が盛んで、島で育った子牛は、全国各地のブランド牛になっている。一方で酪農家は少なく、島に数軒しかない。酪農を営んでいる伊盛牧場の伊盛さんも、最初は和牛を育てていた。
「私が始めたころは、和牛は山羊より安い時代で、経営が大変でした。そこで、安定的な経営をするために酪農に切り替えたのです。でも、やってみると酪農も案外大変でした」
乳牛は暑さに弱いため、亜熱帯気候の石垣島で育てていくのは至難の業だ。伊盛さんは乳牛を育てる上での悪条件を、知恵と工夫で乗り越えてきた。
「牛に扇風機の風を当てたり、ミストをかけたり、色々なことをしています。酪農を始めたころは、島の学校給食も脱脂粉乳でしたので、なんとかして牛乳を供給したいという想いでやってきました」
おいしい牛乳を生産できるようになってからも、牧場経営は一筋縄ではいかなかった。牛乳の価格はここ30年で大きな変化はない。一方で、牛の飼料や人件費は上昇し、経営を圧迫している。そこで、伊盛牧場ではジェラートづくりを皮切りに、牛乳の付加価値を高めるための六次化事業をスタートさせた。
「酪農家が考えることですから、付加価値をつけるといってもジェラートかチーズかしか思いつかなくて。チーズは牛乳が足りないから難しく、ジェラートしかなかったんです。石垣島はフルーツの生産が盛んですから、グァバの実がなりすぎて困っている農家さんから買い取るなど、島のみなさんといい関係を築きながら、地元に愛される事業にしようと思ってやってきました」
買い手の負担のない価格で牛乳を提供するために、良質な牧草の生産にもこだわっている。温暖な気候のおかげで牧草が育ちやすく年間6回も刈り取ることができるが、定期的に人間が手をいれなくては、根が絡み合ったり、土壌が疲弊したり、硬直化したりして、徐々に牧草の生産性は下がってしまう。石垣島の畜産農家の経営支援をしている沖縄県農林水産部の本田さんは、島には管理不十分な牧草地も少なくないと話す。
「更新されない牧草地はどんどん固くなって水を吸収しにくくなります。大雨のときに大量の水が牧草地にほとんど浸透せず、鉄砲水になって周辺のサトウキビ畑に流れ込むことがあります。その結果、畑の赤土が海に流出し、サンゴをはじめとする海の生態系に影響を及ぼしている懸念もあるのです」
牧草地が更新されないことによって起こる問題は、地域の畜産業に限った話ではないのだ。
カスタムメイドのブルドーザーで定期的に「根切り」し、牧草地を更新する
牧草地の更新が進まないのは、作業に時間とコストがかかるからだ。これまで伊盛さんは、牧草の生産効率をあげるために、3年から4年に1回「天地替え」という方法で牧草地を更新してきた。天地替えは、重機で牧草地を耕し、固くなった表層と、掘り返した深層を入れ替える作業のことをいう。
天地替えを済ませた牧草地は、元気な根を生やして栄養を吸収するので、牧草の栄養価もあがる。ただし、作業に重機が必要であり、天地替えが済むまでの期間は牧草を生産できないというロスも発生する。伊盛さんは県や市と連携しながら、天地替えよりも簡易的に牧草地を更新する方法を研究した。
「観葉植物などは年1回、根を切って植え替える作業をします。牧草もそれと一緒で、根を切れば新しい根が再生され、そこに水を吸収する層をつくる効果があるのです。そのため、牧草地に重機のマルチリッパ(岩盤などを破砕するときに使う爪のような形状をしたもの)を入れて根を切る「根切り」をこまめにやれば、かなり効果があるのではないかと考えました」
根切りをする作業は、天地替えと比べれば労力が少ない。それでも、牧草地の表層部分はかなり固いため、トラクターなどの農業用機械では力不足で作業に時間がかかる。また、マルチリッパを入れて土を掘り起こすと、土の上に石がゴロゴロと転がった状態になる。この石が草刈機の刃にあたって弾かれると非常に危険なため、掘り起こした土を重機などで踏圧する必要があるのだ。これに、堆肥の施用作業用の重機も含めた三台の機械を、一台にできないかと伊盛さんは考えた。
「農機よりも馬力があり、一台で根切りと踏圧、堆肥の施用ができる機械があればと思い、建機メーカーさんと簡易更新用のブルドーザーを開発しました」
カスタムメイドのブルドーザーの特徴は、根切り用の「マルチリッパ」と、踏圧用に幅を広くした「キャタピラ」、ブルドーザーならではの「バケット」。マルチリッパで根切りをし、掘り起こされた土をキャタピラで踏圧する。さらに、バケットを使って堆肥の施用作業もできるため、一台で三役をこなす。
「伊盛牧場だけでは特注のブルドーザーをつくることはできなかったと思います。みらい基金に採択されたことで取り組むことができました」
助成金はブルドーザーの開発や運用に関する費用のほか、オペレーターの育成などに使われる予定だ。
牧草も牛も「石垣産」にこだわり、島で脈々と続く酪農を実現させたい
沖縄県農林水産部の本田さんは、簡易更新が普及することにより、牧草の収量は1.3倍から1.5倍になる見込みだと話す。
「牧草の量が増えれば、牛の増頭が期待でき、畜産農家の収益向上にもつながると思います。いずれは、地域における粗飼料の生産性に対する意識も、より高まっていくでしょう。石垣の牛を島の牧草で育てられるようになれば、ブランドの強化にもつながると考えています」
管理不足の牧草地では、土が固くて肥料が流れてしまうため、牧草の栄養価が高くなかった。簡易更新後は栄養価も高くなり、同じ量の牧草でも牛の太り方が違ってくるという。飼える牛の数が増えるだけでなく、牛と牛乳の質も良くなると伊盛さんは期待している。
「牛の餌を島の牧草で賄うことができれば、農業経営の収益性があがります。簡易更新法が定着して牧草の生産性や栄養価が上がれば、石垣島の畜産業にとって大きな経済的メリットになるはずです」
伊盛さんが牧草地の生産性向上の次に見据えているのは、島外に頼らなくても持続的に経営していける牧場をつくることだ。
「北海道から乳牛を仕入れて、まるで消耗品のように扱うのだとしたら、私はそれを農業と言わないと思います。工業と一緒です。農業とは本来、その土地で脈々と営まれるものだと思いますから。石垣島の気候にあった牛に品種改良するためには、これから100年以上かかるかもしれません。それでも、北海道に負けない、進化した牛を育てていくのが夢ですね。私の後を継ぐ誰かが、いつか叶えてくれると信じています」
石垣島で生まれた牛が、石垣島の牧草を食べて成長し、おいしい牛乳や牛肉へと繋がっていく。伊盛さんはそんな未来を思い描いている。亜熱帯気候の暑さにも、台風にも負けない、知恵と工夫が詰まった石垣島の酪農・畜産は、簡易更新法の実用化により、また一歩進化しようとしている。