面積が広く、標高差もある美瑛町は、同じ町内でも天候が異なる
北海道のほぼ中央に位置する美瑛町は、十勝岳連峰のふもとに広がる大地に石狩川の支流である美瑛川が清く流れ、また昼夜の寒暖差が大きい典型的な内陸性気候とあいまって、農業をするのにとても恵まれた環境にある。主要作物は、米や小麦、馬鈴薯、甜菜、豆類など、道内で生産されている農作物のほぼすべての種類。東京23区とほぼ同じ面積のうち、その約2割にあたる約1万1600haの農地を有している。年々生産者数は減少しているが、一方で残った農家は規模拡大を進め、農地を大切に守っている。
ここ数年、道内においても温暖化の影響とみられる異常気象が増加。美瑛町でも急激な天候の変化が増えていると生産者たちは感じている。美瑛町農業協同組合の熊谷組合長は「美瑛町は広いですし、丘の町と言われる丘陵地帯ですから標高差もあります。同じ美瑛町内であっても天候が異なることが多々あるのです」と話す。管理する圃場が飛び地になっている生産者も多く、なかには20㎞ほど離れている場合さえある。そのため、せっかく農作業の準備を整えて向かっても、想定外の雨で地面がぬかるんでいてトラクターが入れなかったり、風が強くて防除作業ができなかったりする。気象庁のアメダスが2ヶ所にあるものの、広大な美瑛町をカバーするには不十分だった。
天候の問題を考える上でのヒントになったのは、オーストラリア・タスマニア州との農業人材交流事業である。美瑛町では11月中旬から4月中旬まで農閑期だが、季節が真逆となるタスマニア州では農繁期。美瑛町の農閑期にタスマニア州に人材を派遣し、農業研修の一環として、現地の生産者とともにかぼちゃなどを栽培した。農繁期はインターネットで、当組合から作業を依頼していたが、現地の状況が分からないと的確な指示は難しい。そのため、タスマニア州に気象センサーを設置することになった。
気象センサーを設置した株式会社カスケードの吉田社長は「農業研修を行ったタスマニア州のバーニーという場所は、美瑛町と同じく丘が多いところです。美瑛町と気候が似ていると思いきや、気象センサーを置いたことで、意外と風が強く、降水量も少ないことがわかりました。その気象データを作業に反映させることができたわけですが、これと同じことを美瑛町でもできないだろうかと考え、試験的に10台ほど設置したのです」と話す。
美瑛町に設置された気象センサーのデータは、毎日の農作業に活用できるということで生産者からもすぐに好評を得た。そこで、より細かく気象データを取得し、美瑛町全体の農業生産に役立てるために、気象センサーを3㎞四方のメッシュ状に配置するプロジェクトがスタートした。
圃場周辺の気象データをモバイルで確認し、農作業に役立てる
美瑛町の気象センサーは、機能を必要最低限に絞り込み、市販のセンサーを組み合わせることで、コストを抑えてつくられている。電源を確保できない設置場所が多いため、気象センサーの上部にソーラーパネルを装着。通信頻度を10分に1回とすることで電力の消費を抑えつつ、リアルタイムに近い情報を取得できるようになっている。
気温、湿度、風向、風速、雨の強さや積算雨量など、センサーから送られてくる気象データは「JAびえい気象観測システム」というWebサイトで誰でも閲覧でき、生産者の要望を取り入れながら都度カスタマイズされている。美瑛町全体に気象センサーを設置する場合、約40台が必要となる。それに加えて、Webサイトの構築・メンテナンス、運用費も必要だ。これらの費用として、みらい基金の助成金が役立てられている。
美瑛町で小麦や馬鈴薯、甜菜や豆類、スイートコーンなどを生産している江花さんは、気象センサーの試験運用の段階から協力している。圃場は3カ所にあり、それぞれ直線距離で3㎞ほど離れていて、気温や雨量、風の強さがすべて異なっていることも多い。「圃場によって天候が異なることがあるというのは経験上知っていたので、これまでは、まず離れた圃場に車で行って雨や風の影響を確認してから、トラクターなどに乗り換えて向かっていたんですよ。気象データをスマホで確認できるようになってから、現地で確認しなくてもある程度状況が分かるようになったので助かりますね。風向きの関係でこの圃場では防除作業ができないけれど、離れた圃場は風が弱いからできそうだ、などと分かるので、時間をより有効に使えるようになりました」と江花さんは話す。
また、当組合は、関係機関(農業改良普及センター等)から提供された作業の適期や病害虫の発生時期予測などに関連したデータを生産者に発信している。これらを活用するには、作物の生育に深く関係している積算温度などを計算する必要があるが、これまでは美瑛町に設置された2ヶ所のアメダスデータしかなく、実際の時期とずれる圃場も少なくなかった。そのため、今回の気象センサーの情報を共有することで、より細かな予測を立てられるようになることが期待されている。
「経験と勘」+「データ」で美瑛町の農業を進化させる
美瑛町農業協同組合の平間営農部長のもとには、気象センサーのメッシュ配置に対して、生産者から期待の声が届いている。「これまでの世代は、経験と勘で農業をしていました。経験や勘は確かに大事ですが、若い生産者さんたちは『それに客観的なデータをプラスすれば、父親たちの世代を超えていけるんじゃないか』と言うんですね。なので、ぜひ若い世代の方にデータをうまく活用していただいて、美瑛町の農地を守り、発展させてほしいと願っています」と平間部長は話す。
今後、3㎞四方の気象データが蓄積され、気温や降水量、風向や土壌などの特徴が分かると、より細かな営農指導が可能になる。気象データは収穫予測の判断材料になるうえ、圃場の条件に応じた肥料や農薬の適期使用にも役立つため、費用対効果の向上も期待できる。さらに、水稲のいもち病や、馬鈴薯の疫病の予測にも活用される。ゆくゆくはドローンや自動操舵トラクターなどとの連携も進めていく予定だ。
圃場の特徴を把握することで適地適作も進む。新しい品種に挑戦する際にも、気象データの裏付けをもって行うことができる。「これからの時代は、消費者が求めるものを作っていかなくてはならないと考えています。ニーズにあったものを作るために、今作っているものを見直す決断をすべき時もやってくるでしょう。その際に、詳細な気象データを持っていることが美瑛町の強みになります。もちろん、北海道の農業の発展のために、積極的に情報を町外にも提供していきたいと考えています」と熊谷組合長は話す。
ここまでの密度で、かつ広域に詳細な気象データの実測値を蓄積するJA独自の取組みは他に類を見ない。これらデータを圃場ごとの生産情報と結び付けて活用していくことで、経験と勘だけではなく、科学的な裏付けに基づく生産活動が可能になり、美瑛町の農業はまた一歩、大きく前進する。気象センサーのメッシュ配置を視察したいという依頼も、今後ますます増えていくことだろう。美瑛町で育まれているみらいの農業は、北海道、やがて全国へと広がっていくのかもしれない。